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加藤春鼎造 黄瀬戸 ぐい呑
3/6から50%OFF予定!
通常価格:¥5,000
(税込 ¥5,500)
セール価格:¥2,500
(税込 ¥2,750)
状態非常によい
素材陶器
状態は大変良いです。

商品番号:7641121

サイズ(cm)

サイズ 口径 高台径 高さ 長さ
  6 4 4.4      
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瀬戸焼
瀬戸焼(せとやき)は、愛知県瀬戸市とその周辺で生産される陶磁器の総称。日本六古窯の一つ。瀬戸エリアで焼きものが作られ始めたのは古墳時代までさかのぼり、中世期に釉薬を施した陶器を生産していたのは瀬戸のみであった。  
 鎌倉時代に加藤四郎景正が、宋から施釉陶器技法を伝えたのが瀬戸焼の創始といわれ、灰釉・鉄釉を使った陶器生産が始まる。室町時代には日用品が多く作られていたが、桃山時代からは茶の湯の隆盛に伴って茶器が多く生産された。
 鎌倉期の灰釉・鉄釉に加えて、 黄瀬戸・瀬戸黒・志野・織部・鉄赤の釉薬が用いられる。
加藤春鼎(かとう しゅんてい)
陶芸家。瀬戸市鼎窯(かなえがま)
日本の陶芸の「陶祖」、加藤四郎佐衛門(鎌倉初期に南宋に渡り焼き物技術を学び、帰国後瀬戸で焼き物を始めた人物)を祖先に持ち、加藤四郎佐衛門から17世を経た加藤景元(江戸中期に活躍)を家祖に持つ。
初代 加藤春鼎(1985~1961)
本名鼎(かなえ)。加藤春仙の三男として生まれる。明治40年に分家し、春鼎を名乗る。古陶磁を集めて技法を研究し自らの作陶に生かした。名人と謳われ、陶芸だけでなく絵も書もできる人であり、洒落たモダンな感覚も合わせ持っていた。
昭和18年商工省令によって技術保有資格者認定。日本美術及び工芸会より丸技保有作家に認定された。
二代 加藤春鼎 (1927〜1995)83歳歿
初代加藤春鼎の子。1961年に二代春鼎を襲名。
桃山調の力強い作品を得意とし、「引出黒」(赤く燃えている器を窯から出し、冷水につけ、通常では出すことのできない深い黒を表出させる技法)は彼の代名詞となっている。
工芸会正会、瀬戸陶芸協会理事を務め、第一回愛知芸術選奨励賞、県教育文化功労を受賞。
二代作の古瀬戸鉢は瀬戸市永年保存に選定されている。
1995年、83歳歿。
三代 加藤春鼎(1960〜) 
二代春鼎の長男。
1980年に武田敏男氏、1981年には小川文斎氏、1982年に林秀行氏のもとで陶芸を学んだ後、訪欧。帰国後、父二代春鼎の下で作陶を始める。以後日本各地で毎年個展を開催している。1997年に三代目春鼎襲名。
2001年以降、2代目が得意とした引出黒展も開催している。
「器は、料理が盛られて初めて完成する。」という信念のもと、国内・ヨーロッパ各地で春鼎作陶の食器を使った食事会、食と器のコラボレートを積極的に行っている。
 2011年にはロンドン・大英博物館での茶会のデモンストレーションに招かれ、パリでも個展を開催するなど、国内外で活躍している。
織部焼(おりべやき)
 織部焼は16世紀の終わりから17世紀の初めにかけて現在の岐阜県東濃地方で生まれた焼物で、美濃焼の一種。
 千利休の弟子であった大名茶人・古田織部が好みの茶器を焼かせたのが始まりで、織部好みの斬新で奇抜な形や文様の茶器などが多く作られた。一般的に歪んで多角形のものが多く当時としてはとても奇抜な焼物であった。
 成形には型が多く用いられ、色彩は黒、濃緑、赤などが多い。釉薬の色になどにより、織部黒または黒織部、青織部、赤織部、志野織部などに分類される。織部黒・黒織部は茶碗が殆どで、それ以外の織部は主に食器類が作られている。