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千家十職七代中川浄益造 銅栄螺蓋置(共箱)
期間限定35%OFF!
¥39,000
(税込 ¥42,900)
通常価格 ¥60,000 (税込 ¥66,000)
状態よい
素材
少し緑青があります。
木箱底部にテープ跡があります。
その他には問題はなく、まだまだ使用可能な状態です。

商品番号:6232990

サイズ(cm)

サイズ 口径 高台径 高さ 長さ
      3.5 6.4 7  
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中川浄益
 千家十職、金物師。二代以降中川浄益と称す。
●初代 紹益 1559~1522
 祖先は越後国(新潟県)高田郡の出と伝えられている。
 名は紹高、通称与十郎。越後高田の武具鋳造の家業を棄てて、火箸・鐶等の銅鉄具を製していた。北野大茶湯に際し、利休の依頼で薬鑵をつくって技倆を認められた。
 二代以降は初代の紹を浄に変え浄益を名乗った。
●二代 浄益 1593~1670
 名は重高、通称太兵衛。初代紹益の長男。寛永年間(1624~1644)から表千家に出入りし四代江岑の指図を受けたと伝えられる。また金森宗和の知遇を得たという。
●三代 浄益 1642~1718
 名は秀房、通称長十郎のち太兵衛に改めた。二代浄益の長男。
 南蛮砂張の模作に成功したと伝わる。
●四代 浄益 1658~1761
 名は重忠、通称源吉、のちに友寿と改めた。
 長寿を保ち享年は百四歳と伝えられる。
●五代 浄益 1724~1791
 名は頼重、通称吉右衛門。四代浄益の三男。
 四代浄益が長命で長男が跡を継ぐ前に先に没したため、跡を継いだ。五代以降、歴代が通称の吉右衛門を襲名するようになった。
●六代 浄益 1766~1833
 名は頼方、五代浄益の長男。
 表千家八代啐啄斎の機嫌を損ね出入り禁止となったが九代了々斎のとき許され、その後は家業を大きく発展させた。また、宗清と名乗り歴代きっての茶人でもあった。
●七代 浄益 1796~1859
 名は頼実、六代浄益の長男。
 世に「いがみ浄益」と称された。また、砂張打物の名人とも伝えられる。六代の時代におこった天明の大火により伝来の古文書などの焼失を憂い「藤原中川系図」を綴り、先祖代々の石塔を新調するなど、家系の温存に尽力した。
●八代 浄益 1830~1877
 名は紹興、七代浄益の養子。
● 九代 浄益 1849~1911
名は紹芳、八代浄益の長男。
●十代 浄益 1880~1940
 名は紹心、淳三郎を通称とした。九代浄益の長男。
● 十一代 浄益 1920~
名は紹真、十代浄益の長男。