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明治42(1909)年 寳斎筆 蓬莱春暁図 肉筆絹本掛軸(共箱)
期間限定35%OFF!
¥45,500
(税込 ¥50,050)
通常価格 ¥70,000 (税込 ¥77,000)
状態よい
素材絹本
本紙に若干のシミ、表具裏に若干のシミ、汚れがあります。
その他に問題はなく、まだまだ使用可能な状態です。

商品番号:5395590

サイズ(cm)

サイズ 口径 高台径 高さ 長さ
全体       195 64  
本紙       124.2 42.5  
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織部焼(おりべやき)
 織部焼は16世紀の終わりから17世紀の初めにかけて現在の岐阜県東濃地方で生まれた焼物で、美濃焼の一種。
 千利休の弟子であった大名茶人・古田織部が好みの茶器を焼かせたのが始まりで、織部好みの斬新で奇抜な形や文様の茶器などが多く作られた。一般的に歪んで多角形のものが多く当時としてはとても奇抜な焼物であった。
 成形には型が多く用いられ、色彩は黒、濃緑、赤などが多い。釉薬の色になどにより、織部黒または黒織部、青織部、赤織部、志野織部などに分類される。織部黒・黒織部は茶碗が殆どで、それ以外の織部は主に食器類が作られている。
瀬戸焼
瀬戸焼(せとやき)は、愛知県瀬戸市とその周辺で生産される陶磁器の総称。日本六古窯の一つ。瀬戸エリアで焼きものが作られ始めたのは古墳時代までさかのぼり、中世期に釉薬を施した陶器を生産していたのは瀬戸のみであった。  
 鎌倉時代に加藤四郎景正が、宋から施釉陶器技法を伝えたのが瀬戸焼の創始といわれ、灰釉・鉄釉を使った陶器生産が始まる。室町時代には日用品が多く作られていたが、桃山時代からは茶の湯の隆盛に伴って茶器が多く生産された。
 鎌倉期の灰釉・鉄釉に加えて、 黄瀬戸・瀬戸黒・志野・織部・鉄赤の釉薬が用いられる。