千家十職大西清右衛門造 鉄鬼面風炉釜(共箱)
期間限定35%OFF!
(税込 ¥85,800)
通常価格 ¥120,000 (税込 ¥132,000)
全体的に錆や変色があります。
蓋に擦れ傷があります。
木箱両方に割れや汚れ、木箱(大)の蓋の桟が1本外れています。
その他に問題はありません。
商品番号:4825100
サイズ(cm)
| サイズ |
口径 |
高台径 |
高さ |
縦 |
横 |
長さ |
| 釜 |
10.5 |
|
18 |
24.7 |
25.5 |
|
| 釜鐶 |
|
|
|
|
8.3 |
|
| 風炉 |
23 |
|
22 |
33.2 |
37.5 |
|
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大西清右衛門
千家十職、釜師。
江戸時代初期から京都三条釜座において釜作を続ける。
● 初代 浄林 1590~1663
山城国(京都府)南山城広瀬村に生まれ、はじめ広瀬氏を名乗っていた。
名は仁兵衛という。
後に京都に移り釜師名越三昌(浄味)の弟子となった。
● 二代 浄清 1594~1663
通称は五郎左衛門、名は村長。初代浄林の弟。
古田織部、織田有楽の釜師で小堀遠州の愛顧も受けて徳川将軍家に召されて子の定林とともに江戸に下ったりした。
釜作は多く薄作りで、毛切・鐶付まで肌をつくる入念な作行。釜作以外に日光山大猷院(だいゆういん)の銅灯台、江戸品川寺大梵鐘などがある。
子の定林は江戸に下り定住して江戸大西家を開いた。
●三代 浄玄 1630~1684
通称は仁兵衛。
初代浄林、二代浄清の作風を受け継ぎ、釜肌の研究にも努めた。
● 四代 浄頓 1645~1700
通称は清右衛門。
書院風の広間に向いた釜を多くつくったとされる。
● 五代 浄入 1647~1716
通称は親兵衛、四代浄頓の弟。
京作風とは異なった形の釜が多く砂気のある肌が特徴とされている。
● 六代 浄元 1689~1762
幼名は清吉、のち清右衛門、名を重義という。四代浄頓の子。
六代浄元から表千家の釜師となり七代如心斎好み鶴首釜、雷声釜をつくった。その釜作の肌は辻与次郎に倣い中荒肌、小肌もあり焼板の釜が多い。
箱に「釜屋浄元」印は丸判の「細野」を用いた。九代の浄元と区別して古浄元と言われている。
●七代 浄玄 1720~1783
幼名清吉、のち清右衛門、名を末算という。六代浄元の子。
表千家啐啄斎好みの玄の字釜がある。これは阿弥陀堂釜の底に「玄」の字を鋳出したものをいう。
また、唐銅蓋が上手で口厚擂茶の作もある。「くろ玄」の通称を得た。
●八代 浄本 1747~1785
六代浄元の孫娘の婿で七代浄玄の養子となった。名を兼満という。
●九代 浄元 1749~1812
七代浄玄の門人で奥平佐兵衛了雪という。幼名は巳之助、名は保房、通称は佐兵衛。
八代浄本が後継者のないまま早世したため啐啄斎の肝煎で大西家を継いだが生涯佐兵衛を称し「奥平」の判を用いた。
●十代 浄雪 1777~1852
幼名清吉のち三右衛門、その後清右衛門、名は長喬。九代浄元の長男。
文化十四年(1817)に表千家九代了々斎より自筆の浄雪の二字をもらった。釜作は了々斎好みの甑口平釜をはじめ優作を多作した。
●十一代 浄寿 1808~1875
幼名清吉のち三右衛門、その後清右衛門、名は道敬。十代浄雪の養子。
表千家十代吸江斎、十一代碌々斎、裏千家十一代玄々斎好みをつくっている。
●十二代 浄典 1841~1869
名は三右衛門、十一代浄寿の長男。
早世したため作品は多くない。
●十三代 浄長 1866~1934
幼名は清三郎、名は孝信。十二代浄典の長男。
各家元の好み物を作り晩年には釜の鑑定・極めのことに従った。
●十四代 浄中 1888~1960
幼名は清太郎、名は高道。十三代浄長の長男。
表千家十三代即中斎、裏千家十四代淡々斎の好みの釜をつくった。建仁寺の竹田黙雷に参じたのが知られている。
●十五代 浄心 1924~2002
幼名は益三郎、名は建生。十四代浄中の次男。
昭和三十五年(1960)に十五代を襲名。表千家十四代而妙斎好みの丸釜、裏千家十五代鵬雲斎好みの千歳釜、東山魁夷の下絵になる「巖松」銘の真形釜などが代表作。
●十六代 当代 1961~
十五代浄心の長男。平成五年に十六代清右衛門を襲名。
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